特集
Divers eye 鈴鹿の熱風 加賀山就臣【前編】
バイクレースの最高峰 『鈴鹿8時間耐久ロードレース』。
運命の決勝戦を前に、一人の男が静かに笑う。
彼の名は、前大会の覇者・加賀山就臣。
その鋭い眼光の先には、一体何を見据えていたのか。
2008年度「鈴鹿8耐」の結果、会場の様子などを通じて、彼の精神性について学ぶ。


その日、鈴鹿が一番熱くなった瞬間。
激しいスプリントレースの様相を見せた序盤が過ぎ、88周目に差し掛かった辺りの事だった。空が俄かに掻き曇り、それまでジリジリとアスファルトを照らしていた太陽が姿を隠す。突如として、スコールのような豪雨が巻き起こった。
この状況を受け、コース上では明らかに戸惑いの色を隠せないライダー達が、軒並みスピードを落とす。その時だった。一人の勝負師の心に火が灯る。その時点で2位の位置に付けていた34号車の加賀山が、トップをひた走る11号車のカルロス・チェカに襲い掛かった。
彼は、雨用のドライタイヤには目もくれず、スリックタイヤ(※1)のままで濡れた路面を攻め続ける。危険な状況を省みずに下した決断は見事に的中し、一時は40秒以上もあった差は、みるみると縮まっていく。そうして迎えた92周目、鈴鹿のボルテージは最高潮に達していた。
※1 スリックタイヤ(Slick tyre, Slick tire)
サイピング(siping:排水用の溝)のない、舗装路面を走行するために使用される車両用のタイヤ。日本においては、道路運送車両法にて溝のないタイヤ
は公道で使用することができず、純粋に競技用のタイヤである。ブロックパターンでない、舗装路走行用のMTB用タイヤをこう呼ぶ事もある。
(Wikipediaより)

今年で31周年を迎える
『鈴鹿8時間耐久ロードレース』は、
体感温度100度ともいわれる灼熱のコース上で長時間の極限状態を迫られる、世界でも類を見ないほど過酷なレースである。
真夏の鈴鹿サーキットで行われるこの大会で勝利を掴むには、耐久レースで求められる安定性とスプリントレース並みの速さが必要とされる。その為、このレースの事を『スプリント耐久』という造語で表し、熱狂的に指示するファンも多い。
1980年からは世界耐久選手権(※2)レースの一戦としても組み込まれており、その結果は日本のみならず、世界からも注目を集めている。ロードレース界の"夏"は『鈴鹿8耐』と言っても過言ではないだろう。
昨年、この過酷なレースを初制覇したライダーがいる。彼の名は加賀山就臣。2007年度「鈴鹿8時間耐久ロードレース」で、相棒の秋吉と共に圧倒的な強さを見せ、ヨシムラスズキに27年ぶりの栄冠をもたらした。
※2 FIM世界耐久選手権
(エフアイエムせかいたいきゅうせんしゅけん、FIM World Endurance Championship)
モーターサイクルによるモータースポーツ。FIM(国際モーターサイクリズム連盟)が主催するロードレース耐久レースの世界選手権大会。1980年より鈴
鹿8時間耐久ロードレースもその一戦に含まれる。2007年シーズンからはQMMF(カタールモーター&モーターサイクリズム連盟)との共催で開
催。(Wikipediaより)

去年の秋、昨季のシーズンを終えた加賀山は、取材した記者にこう応えた。
「8耐の表彰台から見下ろした景色は最高だった。まさに天下を獲った気分だった。自分の歴史に大きな節目を作ったような気がする」
眼上では無数の花火が上がり、自分の発する言葉に観客は沸き立つ。自分のレースを見たファン達が、一斉にレースの感動を爆発させ、優勝者に賞賛の気持ちをぶつける。昨年、彼は鈴鹿の表彰台の頂点で、勝負の世界の中でしか決して味わえない、栄光の瞬間を体全体で感じたのだ。
さらに、その取材の中で彼はこんな話をした。
「実際、(自分は)怖さを楽しんでいる部分があるんだ。他の日本人ライダーは良い意味で怖がりだと思う。無理をせず、大丈夫なことを確認してからペースを上げる。でも俺は、いけると思ったコーナーには最初から全力で突っ込むんだ」
この話を聞いて、一つの不安が胸を指す。
これまで、人一倍のチャレンジ精神を持って戦ってきた彼だが、チャンピオンになったことは今後の走りにどんな影響を与えるのだろうか?
他のレースならいざ知らず、鈴鹿は日本人レーサーにとって夢の大舞台である。その頂点を極めたものは、その美酒の味も知っている。栄光は時に、人間を"守る"ことに駆り立てたしまうものではなかったろうか。
何度クラッシュしようとも、恐れしらずのライディングを繰り返してきた加賀山だけに、頂点を掴んだ後でも今までの走りを貫き、変わらずにいられるのだろうか。
ただ、その部分だけが胸に引っかかっていた。

2008年6月7、8日に行われた、鈴鹿8耐の前哨戦とも言える『"Road to 8hours"鈴鹿300km耐久』では、追いすがる清成龍一・カルロス・チェカ組を抑え、見事にポールポジションを獲得。2分8秒052という驚異的なタイムで、フォーミュラEWCのコースレコードを叩き出す。周りに"前回覇者"の存在をアピールするには充分過ぎる結果だった。
そうして迎えた
2008年『鈴鹿8時間耐久ロードレース』。
加賀山は自身の体調の問題で、テスト走行をキャンセルしていた。
だが、それを補うかのごとく予選では、
パートナーの秋吉が素晴らしい走行を見せ、
2位の好位置に着ける。
加賀山は、予選後に行われた記者会見で
「体調のせいでテストをキャンセルしてしまったが、アベレージで勝負できるよう準備をしてきた」 と自信のコメント。
さらに、「2連覇するチャンスはなかなか来ないので、それをいかしたい」
と決勝に向けて力強い言葉を残す。
記者会見中は、予選1位の伊藤選手と談笑する場面や、記者たちへのリップサービスなど、終始リラックスしているように見えた。プレッシャーを受けている様子は微塵も感じない。
記者会見後には、恒例の前夜祭が開かれ、決勝前夜は過ぎていった。

決勝戦の開始直前、加賀山の元に向かった。そこには、応援に駆けつけた友人達の激励に、ガッツポーズで応える彼の姿。慌しくスタッフが動き回るピッチの中、隙を見て、このレースに掛ける意気込みを尋ねてみた。そうすると、彼は笑顔を浮かべながらこう答えた。
「2連覇。腕がもげようと、足がもげようと、最後まで走り抜く」
それは、驚くほど当然のことのように響いた。覇気がないわけではない。かといって、興奮が過分なわけでもない。ただ一言、たったそれだけの言葉を聞いただけで、彼の静かな決意が伝わってくる。
彼には、目の前のレースしか見えていなかった。『鈴鹿8耐』に出場するにあたって必要とされていたのは、いつものように全力でレースに向かう準備をし、いかにしてレースに勝つか考えること。
それが分かっているからこそ、前回優勝という事実や、鈴鹿という特別なレースに対する気負いは、レース上の走りに全く関係しない。数十分後に迫るスタートを前にして、戦いに赴く覚悟はとっくにできていた。

加賀山は、豪雨に濡れるコースをものともせず、ついに92周目にしてトップのチェカを捕らえた。さらに、トップに躍り出た加賀山はスピードを落とすことなく、2位との差を拡げに掛かる。後に彼は、その時のことを振り返り、こう語る。
「守りに入って、ペースを落とす選択もあったけど、それじゃドライになればまた追いつかれ、抜かれる。優勝をしなくてはならない、2位ではダメ。だからプッシュし続けた。」
守る気などさらさらない。さらなる攻めの走りを展開することによって、優勝をその手に手繰り寄せようとしていた。その鬼気迫る走りを肌で感じ、会場の全ての者が34号車の走りに釘付けになっていた。
雨の中でも、スロットル全快でコーナーに飛び込み、目の覚めるようなコーナリングをみせる。間違っても、現状に満足してしまうような人間にできるような走りではない。頂点を掴んでも、加賀山はやはり、加賀山のままだった。
だが、そうして迎えた94周目、信じられないことが起こった。
快走を続けていた加賀山は第一コーナーを曲がる際、雨に足をとられスリップし、路肩に突っ込んだのだ。幸いなことに、体にも車体にもダメージは少なく、すぐにレースに復帰することが出来たが、順位は再び2位に後退。加えて転倒の際、泥に塗れてしまったマシンでは、それまでのような走りを展開することは不可能だった。

すでに、その時点でレースの決着は着いていたように思える。加賀山の転倒時に負ったマシンのダメージは、思いのほか大きく、その後、パートナーの秋吉が喫する事となる2度の転倒へと繋がってい く。右ハンドルが抜けるなどのアクシデントが起こる中、2人は上位陣に対して懸命に追い下がったが、2度目の転倒が響いたこともあり、レース終盤を迎える 頃には、トップとの差は5周に拡がっていた。
ただ、彼らは決して前を向くことを止めなかった。終盤、上位の選手がペースを落とし安定を図る中、加賀山は依然として全力の走りを続ける。優勝を勝ち取る には、トップとの差が開きすぎてしまってはいたが、決して気持ちを切らすことなく、上位4チームとの差を徐々に縮めていく。
ふいに、加賀山の走りに気付いた実況アナウンサーが、ラップ毎に縮まる4位との差を伝え始める。すると、観客の目線は再び加賀山に注がれた。前を走ってい た218号車にじわりじわりと忍び寄り、ついには抜き去る。結局、そのままフィニッシュを迎えることにはなったが、最後まで戦う姿勢を感じることができ た。
緻密な計算と戦略、冷静さを求められるモータースポーツのフィールドの中で、その日、彼の走りから感じたもの。それはまぎれもなく熱、前に進むことを決して恐れない不屈の闘志だった。

レース終盤、再び思い出したことがあった。去年、加賀山はこう言っていたという。
「転落人生っていうのはよく聞くけど、自分は転倒人生。何度も転ぶけど、その度に起き上がれば走れるんだ。そして、自分の周りには、転んだときに支えてくれる人がいる。だから何度転んでも、それを恐れずにまた全快で走ることが出来る」
その時、筆者はある勘違いに気付いた。彼は、ただの勇敢なライダーではなかった。
レース終了から数日後、加賀山は自らのオフィシャルサイトに
「自分の転倒のせいで、秋吉やサポートしてくれたみんなに申し訳ないことをした」
と書き記し、悔しさを滲ませていた。
プロである限り、結果にはこだわる。ライダーとしての実力を証明するために、全力でコーナーを攻める。だが、筆者が彼に感じた人間像は全く違う。それは、自分に掛けられた期待を決して裏切らない為、危険を顧みず、常に自分の限界を超える走りを続ける一人の男の姿。彼は、決して自分だけの為に走っているのではなく、自分に夢を預け、支えてくれる人達の為に走っているように思える。
負けたこと、転倒したことを一番悔やんでいるのは加賀山自身に違いない。しかし、彼が一番に考えているのは、周りにいる人やファンの事なのだ。自分が一番辛いときにも、周りのことを考える人柄こそが、加賀山というライダーの魅力なのではないだろうか。
仮に、彼が再び倒れることがあったとしても、その傍には、彼が起き上がることを信じる大勢の人々が手を差し伸べて待っているだろう。
そして、そのような人々がいる限り、彼は立ち上がり続けるに違いない。
常に自らの限界を超える走りで、観客を魅了しながら。
(文責・石嶺 哲晴)
次回、後編(9/1)では、試合から数日後の加賀山選手にインタビュー取材を慣行。
レース中、レース後の感想や今後の目標について聞いてみました。
また、加賀山さんが実際に使ったグローブ、Tシャツなど、直筆サイン入りのグッズのプレゼントもあります!!


